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【いけだ歯科矯正歯科 院長】
池田一彦
【院長略歴】
昭和53年3月
九州大学理学部数学科卒業
昭和53年4月
九州歯科大学歯学部入学
昭和59年3月
九州歯科大学歯学部卒業
昭和62年5月
いけだ歯科医院開院
平成21年9月
現在の地に移転・リニューアル |
院長紹介:池田一彦をより知っていただくために
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大空への夢を抱いていた時 |
(北九州市八幡東区の八幡小学校・大蔵中学校・八幡高校を卒業)
父はサラリーマンであり、親戚等にも歯科関係の者はおりません。ですから、歯医者になるとは思ってもみませんでした。子供のころになりたかったのは、空を飛ぶ鳥!青空を飛んでいた鳥を見ては、いつもあんな風に空を飛びたいと感じていました。
大きくなるに従い、鳥にはなれないことが分かってからは、せめて飛行機のパイロットになろうと思いました。高校の時、将来の進路を決める時も、航空大学に行きたいと思いましたが、視力不足で断念。今だに大空への夢はあきらめきれず、ヘリコプターの免許が取りたいと思っていますし、大空から地上を見るのは大好きです。
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パソコン少年だった時 |
(九州大学理学部数学科を卒業)
現実的に一生の仕事となると、好き嫌いや向き不向きがあります。小学校・中学校の頃から読む本と言えは、物語よりも図鑑や解説の本ばかり。高校生の時は、理科と数学が好きな超理系でした。そうなると、やはり現実の進路はコンピューター関連のSEやプログラマーが向いていると思い、理学部数学科に入学しました。 |
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歯医者の道を目指した時 |
(九州歯科大学歯学部を卒業)
大学4年生の就職を考える時、自分の中にもやもやとした気持ちがありました。それは、幼いころから好きだった、手の器用さを生かした仕事がしたいということでした。当時はまさにコンピューター出端の時期。日々進化するコンピューター業界にひかれる気持ちもありましたが、やはり手に職をつけたいと思い、医科歯科の大学に行きなおすことにしました。大学4年の夏休みから受験勉強を始め、卒論を書きながら、歯科大学受験の通信教育と予備校の模試を受ける日々でした。親に歯科大学を受験すると言ったときも、親もまさか合格するとは思っていないようで、歯科大合格は、親はもちろん私自身にも晴天の霹靂でした。
歯学部を選んだのは、やはり手先の器用さを一番生かせる仕事だと思ったからです。手先の器用さには自信があります。小学校から高校まで、図画工作・家庭科・技術科・美術科はいつも5でした。ちなみに小学校のときのアダ名は『家庭科5』でした。男のくせに・・・という意味が入っていたのでしょう。 |
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遅いスタート |
(3年間の勤務医時代)
歯科大学生活は、毎日家庭教師のバイトの日々で自分の生活費は自分で稼ぐ日々でした。卒業後、28才という遅いスタートでしたが、東京の実践的な開業医の先生のもとに就職して基礎から新しい技術まで、しっかり学ばせて頂きました。その後小倉に帰ってきて勤務医をしつつ、開業の準備をし、現在地の北九州市小倉南区で開業しました。 |
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天職へと・・・ |
(小倉南区の現在地に歯科医院を開業)
私にとって歯医者は天職だと思います。口の中は、細かい作業の積み重ねで作っていくのですが、細かい作業は得意だし、大好きだからです。また、いろいろ考えることも多いのですが、それも好きです。診断や難しい症例では、教科書通りにはいかず、ケースに合わせて創意工夫を重ねてやっていきます。これからも患者様とのコミュニケーションを大切にして、よりよい技術を提供していきたいと考えています。
最後にこれからの歯科医院は、治療から予防へと変わっていくと思います。健康ブームと良くいわれますが、これはブームではなく時代の潮流であると思います。これまでの「痛い」「怖い」歯科医院でなく(開業当初から痛くない治療を心がけてきましたが)、これからは、「虫歯にならない状態を保っていく」健康増進の予防医院を目指して頑張りたいと思います。
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